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第十三話 薔薇の妖精の証言

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-02-16 14:23:56

◆◆◆◆◆

祝福の宴は、コナリーの登場によってざわめきに包まれた。

王城の大広間に響いていた賑やかな笑い声は、静寂へと変わる。

その場にいた誰もが、彼の姿を目にして息を呑んでいた。

――特に、コナリーの歪んだ指先を見たときの反応は顕著だった。

「……」

手袋を外したコナリーの指は、かつての美しい形を失い、関節は不自然に曲がっていた。

かつて王国一の騎士と称えられた男の手は、もはや剣を握ることはできない。

それでも、コナリーは静かに王の前へと進み出ると、深々と膝をつく。

「陛下。魔王討伐を完遂し、帰還いたしました」

王は、彼の傷ついた姿を見下ろしながら、静かに頷いた。

「……ご苦労であった」

その一言で、この場に再び緊張が走る。

「……」

コナリーは、王の言葉を受けてもなお膝をついたまま、伏せたままの視線を上げなかった。

そこへ――

「よく無事に帰ってきたな、コナリー」

王子が声をかける。

王子の声は、一見すると穏やかだったが、遥には分かった。

その声の裏には、明確な警戒心と苛立ちが滲んでいる。

「……だが、一つだけ確認しておきたいことがある」

王子はゆっくりと歩み寄ると、まるで問い詰めるような目でコナリーを見下ろした。

「石化した魔王は、完全に砕いたのか?」

その問いに、場が再び静まり返る。

「……」

コナリーは、一拍の間を置き、静かに答えた。

「確かに、粉砕いたしました」

淡々とした口調だった。

「――ふん、本当にそうか?」

王子は目を細め、疑いの色を露わにした。

「男の聖女に会いたいばかりに、任務を中途半端にして帰ってきたのではないか?」

「……」

遥は、コナリーの拳がわずかに握られるのを見た。

――王子は、コナリーの帰還そのものが信じられなかったのだ。

彼の計画では、コナリーは狂戦士のまま魔王城に消えるはずだった。

だが、彼は戻ってきた。

そして――王子の脳裏には、一つの危機感が浮かんでいた。

(もし、コナリーが「魔王の指を落としたのは自分だ」と証言したら――)

(私の立場がなくなる。)

それだけは、避けなければならなかった。

王子は、目線を送る。

部下たちが動き始めた。

コナリーが「異常をきたした騎士」として、この場で斬り捨てられるように。

「……」

遥は、息を呑んだ。そして、彼はすぐにコナリーの横に立つ。

「そんなにも知りたいのなら――」

遥は、コナリー
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